家庭医療レジデンシーの産科研修(OB)について

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いよいよ長かったレジデンシーもあと5ヶ月で終了です。最後まで気を引き締めて頑張らなければなりません。先日、受け持ちの日本人の妊婦さんが出産し、おそらくは人生で最後になるであろうと思われるお産を取りました。久しぶりのお産だったこともあり、赤ちゃんのキャッチにあたふたしてしまったのですが、案の定指導してくれた産科の先生からは、まだまだ一人でお産をとるスキルは身についていないと厳しいコメントをもらいました。自分はレジデンシー終了後にお産をみるつもりはないので、このコメントに落ち込むことは全くないのですが、そもそもこれは自分の努力不足なのか、という言い訳の気持ちがない訳でもなくモヤモヤしてしまいました。この記事では自分が経験した、米国東部にある小都市でとある家庭医療レジデントが経験した産科研修について紹介します。

産科診療(OB)とは?

日本では産婦人科と呼ばれることが多いですが、米国では産科(ObstetricsなのでOBと呼びます)と婦人科(GynecologyなのでGyneと呼びます)に区別して診療を考えることが多いです。産科診療は大きく分けると分娩前の定期受診(いわゆる妊婦健診、英語ではPrenatal Visitと呼びます)と実際の分娩時の対応に分けられます。特に妊婦健診の初期は特別な合併症がない限りは、やることは大体決まっていて、チェックリストに沿って必要な検査をオーダーすることがメインなので、産婦人科医であろうと家庭医であろうと診療の質にほとんど差はないのではないかと思います。カナダから来ている先輩が、その先輩が住んでいた地域では20週までは家庭医が診て、20週以降は産婦人科医に患者を送っていたと言っていましたが、なかなか合理的なシステムかもしれません。一方で分娩が近づいてくると妊婦健診でも色々なトラブルシューティング能力が求められます。また、いざ分娩になった時の診療については、Prenatal Visitとは全く異なる知識と技術が必要になります。

超音波で赤ちゃんを観察しない?

日本と米国のPrental Visitの大きな違いとして、米国では日本のように超音波で頻回に胎児の外観を観察することはしない、ということがあります。自分も2人子供がいて、いずれも日本での出産でしたが、産科医院に妊婦健診でかかるたびに、超音波を当ててもらって、写真をもらっていたような気がします。自分が研修しているプログラムではそもそも、初めての妊婦健診でも最終月経が信頼できるのであれば、超音波は必須ではないと言われます(自分は子宮内妊娠を確認するため積極的にオーダーしているのですが、指導医によっては必要ないと言われます。もちろん、最終月経がはっきりしない場合にはDatingのため超音波をチェックします)。また毎回の妊婦健診では、ドップラーで胎児の心音を確認しますが、胎児を超音波で”見る"ことはありません。唯一絶対必須な超音波の検査としてAnatomical Scanがあります。この超音波検査は通常、妊娠18-20週の間に行われるのですが、超音波技師と放射線科医師が胎児の臓器や体の構造に異常がないか細かくチェックします。日本では産婦人科医がチェックすると思うのですが、放射線科と技師によって画像のチェックが行われるというのも分業が進んだ米国らしい側面と思います。その後は診察で胎児のサイズに心配がある場合などは再度超音波をチェックすることはありますが、そうでなければ超音波で胎児を"見る"ことはありません。すなわち、もし全てが順調にいった場合、胎児を超音波で"見る"のは1回だけ、ということが十分にあり得るのです。

実を言うと妊婦健診においてそんなにたくさん胎児を"見る"必要がない、というのは自分にとっては面白い気づきでした。一方で、家庭医はもちろんのこと、産婦人科医でさえもベッドサイドでの超音波の技術には限界があるため、患者は何か症状があったり、診察や検査に異常があって超音波をチェックしないといけない場合は、また別途超音波の検査を予約し、別日に検査のため受診しないといけません。米国での検査予約は大変です。電話で予約をとる時は必ず自動音声につながれ、スケジューラーと話すまでにも下手すると5分以上かかり、正直とても面倒くさいです。日本のように、一つの産婦人科のクリニックで全てが完結するのは、患者の立場で考えるととても便利なのではないかと思います。

家庭医がお産をとること、について

いよいよ本題に入るのですが、米国では産科診療が家庭医療の研修プログラムに組み込まれています。しかし、一方で地域によっては、家庭医にお産を診てほしいと考える人は少ない、というのもまた事実と思います。他の地域で家庭医療の研修をしている仲間と話しても、そもそも、自分が研修しているプログラムは産科患者のボリュームが圧倒的に少ないようです。これは自分が研修している場所が大都市ではないものの、一応小都市であることが影響しています。産婦人科へのアクセスがよく、産婦人科医の数も足りているため、専門医志向が強く、家庭医にお産をとって欲しいという患者は少ないのだと思います。家庭医がお産をとる、と聞いた時に、産科に診てもらった方が安心だろう、と多くの日本人は考えると思うのですが、それは国が変わっても一緒なのかもしれません。

自分が経験した産科研修の現実

家庭医療のサービスに十分な患者がいないので、実際の研修では産科の先生に『家庭医のレジデントです。一緒にお産取らせてください』とお願いするシステムになっています。しかし、ここで問題なのが、自分が所属する病院の産科で見ている患者は、当然産科のレジデントがお産を担当するので、家庭医のレジデントは、外部のクリニックから働きに来ている産婦人科医に指導をお願いをすることになります。しかし、外部の産科の先生は教育に熱心な先生とは限らないので、あまり丁寧に指導してもらえず、単なる見学で終わってしまうことも多いです。また、何度念押ししても指導医からも看護師からも呼んでもらえず、気づいたらお産が終わっていた、なんてこともよくあります。結局自分は3年間の研修でお産は約25件しかとっていません。友人に聞いてみると1年間で60例程度とったりしているみたいなので、地域やプログラムによって大きく異なると思うのですが、やはり自分が研修するプログラムは分娩数がかなり少ないようです。どうしても経験が足りないので、内診も最後まで自信を持って行えるようにはなりませんでした。産科研修の最後の週に、分娩中の妊婦を診察し、子宮口が6-7cmかな、と思ったら実際には全開大していて、10分後に赤ちゃんが産まれました。自分は家庭医として妊婦は責任を持ってみれないと確信した瞬間でした。今では笑い話なのですが、当時は自分は産科診療に必要な技術を十分に身につけることができなかったのだと悟り、とても悲しくなりました。

産科を診る家庭医は少数である

米国家庭医療の診療の幅の広さは自分が米国での研修を志した理由の一つでした。なので、十分な産科の経験が積めないことは自分にとってはとても辛いことでした。しかしながら、同時に現実も知ることになります。自分が研修している地域では、1年間の産科フェローシップを経験しない限りはレジデンシー卒業後にお産をとり続けるということはほぼ(というか全く)ありません。そもそも家庭医療レジデンシーの産科研修だけでは産科診療に習熟することはできない、というのは自分の所属するプログラムだけの問題ではないようです。また、J1ウェイバーで仕事を探している時に気づいたのですが、田舎のクリニックとレジデンシープログラムを除けば、産科もできる家庭医のリクルートはそれほど多くありません。同僚と色々と話をしても、みんな『お産なんてとらないよ、大変だし』といった感じで、ほとんどの人が産科診療に興味を持っていません。すなわち、お産をとる技術を持たないことに負い目を感じている人がそもそもいないのです。また、以前は産科を診療していた人もどんどん産科診療をやめているという現実があります。産科の現場は緊急の症例や難しい判断を求められる状況もあり、労働負荷は大きいです。知識と技術の維持のためには継続的にお産を取り続ける必要があるので、一度、現場から離れてしまうとなかなか復帰するのは難しいのではないかと思います。生半可な気持ちでは家庭医として産科を診療することはできない、というのが自分の中での結論です。

以上、自分が家庭医療レジデントとして経験した産科研修について記載してみました。お産もなんでも見れる家庭医に憧れを抱き渡米したのですが、お産は診れるようにならなかったという、悲しい結果なのですが、それもまた現実です。少なくともある程度の都市部のプログラムでは、お産も診れる家庭医になりたい、というのは簡単ではないと思います。もし、強くそう思うのであれば、研修先のプログラム選択には慎重になる必要があると思います。西海岸のプログラムや、田舎のプログラムでは十分な産科診療の経験が積める可能性が高いかもしれません。

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