ジェネラリストとして米国に臨床留学する意味を考える。

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自分はジェネラリスト(家庭医)として米国でトレーニングをやり直しているのですが、ジェネラリストとして米国でトレーニングすることは専門医として米国でトレーニングすることとは少し異なる意味を持つように感じています。今回の記事では、ジェネラリストとして米国でトレーニングする意味について考えてみたいと思います。

米国の臨床研修は何がすごいのか?

米国と日本の研修システムの違いで、自分が一番大きいと感じているのは、医療の全てが細分化されていること、そしてその細分化された各分野に対するトレーニングシステムが確立していることです。多くの領域では、まずはレジデンシーと呼ばれるその領域のGeneralなトレーニングを行った後にFellowshipと呼ばれる特定の疾患領域に特化した研修を行うことになります。また特定のFellowshipを終えた医師のみがアプライできるSuper-Fellowshipと呼ばれる研修も存在します。各々の研修は、その病院によって独自に考え上げられたわけではなく、基本的にはACGMEと呼ばれる卒後研修を統括する組織によって管理されており、満たすべき疾患の暴露数や研修の内容が決められています。このような細分化された領域研修が可能な理由として、医療が集約化されているため、特定の症例が決まった場所に集まることがあげられると思います。またTraineeの数も制限されているため、一度そのTraineeのポジションを手に入れてさえしまえば、同僚と血肉を争う症例の取り合いをする必要もないでしょう。以上のような理由で、米国の研修では、ある特定の疾患への曝露数を効率よく増やせることになります。自分は家庭医療のレジデントなのですが、『細分化された各分野に対するトレーニングシステム』の例えとしては小児科が一番分かりやすいと思うので、自分が小児科のローテーション研修の際にお世話になったChildren HospitalのFellowshipの一覧を下記に載せてみます。そのChildren病院では、3年間の小児科のResidencyを終了した医師に対して下記のようなフェローシップを提供しています。

Adolescent Medicine (2-3 years)
Allergy and Immunology (2-3 years)
Cardiology (3 years)
Emergency Medicine (3 years)
Endocrinology (3 years)
Gastroenterology (3 years) -->Transplant Hepatology(1 year)
General Academic Pediatrics (2-3 years)
Hematology-oncology (3 years) --> Blood and Marrow Transplantation and Cellular Therapies (1 year)
Pediatric Hospitalist Medicine (2 years)
Infectious disease (3 years)
Medical Genetics and Genomics (2 years)
Medical Biochemical Genetics (1 year)
Neonatal-Perinatal Medicine (3 years)
Nephrology (3 years)
Pulmonology (3 years)
Rheumatology (3 years)

どうでしょう?小児科の研修を終えた後にさらなる専門領域を研修するための確立されたPathwayが、このようにはっきりと目に見える形で用意されているわけです。これだけ多様な領域に対して、標準化されたトレーニングシステムが整備されていることにびっくりしませんか?

米国での研修を希望する分かりやすい理由

なので、日本人が米国に臨床留学をする理由で一番分かりやすいのは、やはり、自分が学びたい、興味のある領域のトレーニングシステムが日本では確立していないけど、米国では確立している、ということだと思います。そういった意味で、自分は極論を言えば米国の研修の醍醐味はフェローシップにあるのかもしれません。レジデントを経ずに、フェローから渡米する人もいますが、この決断は非常に良く理解できます。レジデンシーは基本的にはジェネラルなことを学びます。なので、もちろん日々の診療の中に色々な気づきや学びはあるのですが、特定の専門領域の研修という意味ではアメリカでしか研修できないことを学ぶ機会はほとんどないからです。米国でレジデント研修を終えていないと、フェローシップの研修を終えても、多くの場合は専門医をとることはできないのですが、本当に自分が学びたい部分を集中的に学ぶ、という意味ではフェローからの渡米は非常に的を得ている決断のように思います。

ジェネラリストの研修を米国でする意味

一方でジェネラリストとして米国で研修する場合は、またその意味合いが変わってくるように思います。例えば、自分は家庭医療のレジデントとして働いているのですが、診ている患者は自分の病院のそばの患者で、自分たちのクリニックや提携している家庭医療センターの患者に限られています。あくまでも近所のローカルなエリアのみをカバーしているので、米国の医療の特徴である『医療の集約化』による恩恵は研修を受けていてあまり感じません。クリニックにおける疾患のVarietyは圧倒的に米国が多いですが、これは保険による影響が大きいです。保険の種類によるのですが、どんな主訴でもまずはPCP (かかりつけ医)に受診し、紹介状を書いてもらわない限りは、保険料がカバーされないということがあったり、専門医の受診にかかる料金がPCPにかかる料金よりも高いこともあり、多くの患者が多様な主訴を持って、まずは家庭医療のクリニックを受診してくれます。ただ、もしあなたが米国の研修で、例えば婦人科や小児科についてより広い知識と技術を身につけて帰ったとしても、将来日本に帰国した場合、結局は医療システムの都合上、Varietyの広い疾患への暴露は通常無くなってしまうため、結局学んだことを使う場所は少ないんじゃないの、という結論に達してしまいます。また、これもよくありそうな理由ですが、米国で研修することでEBMを学ぶことができるという意見はどうでしょうか?確かに、米国ではExperienced based medicineよりもEBMが重視される文化があります。サインイン・サインアウトを行う機会が非常に多いので、自然とプレゼンテーションもうまくなるでしょう。しかし、自分は、米国においてある程度質の高いスタンダードな治療を提供しやすい理由は、UPTODATEやDynamedなど質の高い二次文献の影響が大きいのではないかと感じています。米国では、英語が母語であるためこれらの英語の2次文献にアクセスするための言語の壁がありません。自分の場合は医学生時代には2次文献の扱い方について一切の教育を受けたことがなく、研修医になってから必死に色んな医学の英単語を学んだ記憶がありますが、こちらでは医学生がスラスラとUPTODATEで調べものをしています。また、米国ではUPTODATEに記載されている治療や薬をそのまま応用できるという点も非常に大きいです。UPTPDATEには日本だとそもそも使えない薬や保険用量を大きく超えた用量の推奨などの記載も多く、たとえ英語の情報収集がスムーズな人でも、日本で生じたClinical Questionへの答えを見つけることは容易ではないかもしれません。ちょっと話が膨らんでしまいましたが、何が言いたかったかというと、米国で研修したからといって、日本に戻ってEBMを容易に実践できるようになるわけではないし、本当に日本でEBMと向き合いたいのであれば、日本のコンテクストからEBMに向き合い続けた方がいいと思うのです。

ちょっと書いていて着地点が曖昧になってきたのですが、結論をいうと自分は、日本に帰国することを前提とした場合、ジェネラリストとして米国で研修しないといけない理由や使命のようなものをまだ見つけることができていません。ただ、研修自体は毎日忙しいですが、同時にとても楽しくもあります。他の記事でも書きましたが、これまで知らなかった世界に触れること、新しい価値観に暴露されること、分からないことを学ぶことは自分にとって非常に大きな喜びになっています。なので、もしあなたが渡米を志しているにもかかわらず、PSに明確な理由を記載できなくても、それほど落ち込む必要はないのです。既に1年と7ヶ月米国で働いた自分ですら、米国で研修しないといけない理由をロジカルに説明できないのですから。なんとなくかっこいいとか、ワクワクするとか、興味があるとか、そういった心の底の想いを大切にして、知らない世界にまずは飛び込んで、身を置いてみたらいいと思うのです。

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